1、はじめに

川崎医科大学3年生の予防と健康管理ブロックの授業で、レポートの課題を与えられました。テーマは、ひとつはアスベスト、もうひとつはうつ病です。まずその二つのテーマについてビデオを見ました。どちらもとても興味深かったのですが、これから先アスベストが原因の中皮腫の患者さんが増えるということで、調べてみたいと思いました。

アスベストは、天然に産する繊維状けい酸塩鉱物で「せきめん」「いしわた」と呼ばれています。
 その繊維が極めて細いため、研磨機、切断機などの施設での使用や飛散しやすい吹付け石綿などの除去等において所要の措置を行わないと石綿が飛散して人が吸入してしまうおそれがあります。以前はビル等の建築工事において、保温断熱の目的で石綿を吹き付ける作業が行われていましたが、昭和50年に原則禁止されました。
 その後も、スレート材、ブレーキライニングやブレーキパッド、防音材、断熱材、保温材などで使用されましたが、現在では、原則として製造等が禁止されています。
 石綿は、そこにあること自体が直ちに問題なのではなく、飛び散ること、吸い込むことが問題となるため、労働安全衛生法や大気汚染防止法、廃棄物の処理及び清掃に関する法律などで予防や飛散防止等が図られています。

石綿(アスベスト)の繊維は、肺線維症(じん肺)、悪性中皮腫の原因になるといわれ、肺がんを起こす可能性があることが知られています(WHO報告)。石綿による健康被害は、石綿を扱ってから長い年月を経て出てきます。例えば、中皮腫は平均35年前後という長い潜伏期間の後発病することが多いとされています。仕事を通して石綿を扱っている方、あるいは扱っていた方は、その作業方法にもよりますが、石綿を扱う機会が多いことになりますので、定期的に健康診断を受けることをお勧めします。現に仕事で扱っている方(労働者)の健康診断は、事業主にその実施義務があります。(労働安全衛生法)
 石綿を吸うことにより発生する疾病としては主に次のものがあります。労働基準監督署の認定を受け、業務上疾病とされると、労災保険で治療できます。

(1)
石綿(アスベスト)肺
 肺が線維化してしまう肺線維症(じん肺)という病気の一つです。肺の線維化を起こすものとしては石綿のほか、粉じん、薬品等多くの原因があげられますが、石綿のばく露によっておきた肺線維症を特に石綿肺とよんで区別しています。職業上アスベスト粉塵を10年以上吸入した労働者に起こるといわれており、潜伏期間は15〜20年といわれております。アスベスト曝露をやめたあとでも進行することもあります。

(2)
肺がん
 石綿が肺がんを起こすメカニズムはまだ十分に解明されていませんが、肺細胞に取り込まれた石綿繊維の主に物理的刺激により肺がんが発生するとされています。また、喫煙と深い関係にあることも知られています。アスベストばく露から肺がん発症までに15〜40年の潜伏期間があり、ばく露量が多いほど肺がんの発生が多いことが知られています。治療法には外科治療、抗がん剤治療、放射線治療などがあります。

(3)
悪性中皮腫
 肺を取り囲む胸膜、肝臓や胃などの臓器を囲む腹膜、心臓及び大血管の起始部を覆う心膜等にできる悪性の腫瘍です。若い時期にアスベストを吸い込んだ方のほうが悪性中皮腫になりやすいことが知られています。潜伏期間は20〜50年といわれています。治療法には外科治療、抗がん剤治療、放射線治療などがあります。

 

2、選んだキーワード

Asbestos(アスベスト)

Labor(労働)

 

3、選んだ論文の内容の概略

 1985年に、Sheet Metal Workers International Associationと、Sheet Metal and Air Conditioning National Association という二つの協会が、The Sheet Metal Occupational Health Institute Trustというものを結成した。目的は、アメリカとカナダにおける薄板産業の健康への影響を調べることである。翌年の1986年から2004年までの間に述べ18211人を対象に調べられた。集まったデータを1986年から1990年、1991年から1999年、2000年から2004年という三つのグループに分けて調べてみると、エックス線での検査で肺に異常が見つかった割合は1986年から1999年のグループが一番高く、2000年から2004年のグループが一番低かった。更に詳しく調べてみると、薄板産業で働き始めた時期が早ければ早いほど、肺に異常が見つかる割合が高いことが分かった。実は、アメリカでは、まずニューヨーク州が1972年にアスベストの使用を禁止し、環境保護局が1973年にアスベストの使用禁止を行っている。また、労働安全衛生局は1971年よりアスベストの許容暴露限界をこれまでの12f/ccから徐々に減らし、1994年には0.1f/ccとしている。これにより、職場でのアスベストへの暴露は年々減っていった。以上より、アスベストによる健康への影響には、仕事を始めた時期と、仕事をしていた時間という二つが相互作用していることがわかる。

アスベストによる健康被害には潜伏期間があり、すぐに発症するわけではないので、20年以上前に行われたこのアスベスト対策の効果が、やっとではじめている。

 

4、選んだ論文の内容と、ビデオの内容から、自分自身で考えたことを、将来医師になる目で捉えた考察

 

ビデオでは、アスベストの職業的暴露だけでなく、家庭内暴露、周辺住民への暴露も扱っていました。特に家庭内暴露、周辺住民への暴露では、自分がなぜ中皮腫になってしまったのかわからないでお亡くなりになったかたも大勢いるそうです。また職業的暴露では、アスベストが最も多く使われた1960〜1970年代にかけてはマスクも無く、アスベストを手で扱っていた状態でした。環境保護局が1973年にアスベストの使用禁止を行ったアメリカとは、対策の違いに驚かされます。論文にあるように、アスベストの健康被害には、仕事を始めた時期と、仕事をしていた長さが大きく影響します。つまり、アスベストに多く晒されれば晒されるほど、健康へのリスクが高まります。アスベストによる疾病の潜伏期間は30年ほどといわれており、対策が遅れた日本では、これからますます多くのアスベストによる健康被害の症例が予想されます。2007年5月20日の朝日新聞にも、「旧国鉄時代に機関車の補修や車両の解体などをした元職員らに、アスベスト(石綿)の健康被害が広がり、業務災害と認定されただけで77人にのぼることが分かった。うち48人が死亡。さらに認定申請中の元職員も65人いる。被害の初認定は04年3月で、05〜06年の認定者が59人、死亡時期も38人が00年以降に集中している。国鉄でも大量に石綿が使われたのは60〜70年代。潜伏期が長い石綿疾病の発症時期となっている一方、民営化から20年たち救済制度を知らない人も多いとみられ、被害はさらに拡大しそうだ。」という記事が載っていました。このように、国民の関心も、アスベストにむかっています。ですから、我々医師を志すものも、アスベストのことをよく学ばなければならないし、アスベストによって健康を害された患者さんに、そのことを伝えていかなければなりません。なぜなら、健康を害した原因を知らずに苦しんでいるかたがたくさんおられ、知らないばかりに労災もおりず、治療費の面でも苦しんでいるからです。業務上、石綿(アスベスト)を吸入し、それが原因で石綿疾患に罹ったり、亡くなられた場合には、労災としての認定を受ければ、労災保険の給付を受けられるそうです。

アスベストによる疾病が疑われる患者さんが来院してきたとき、医師はどのような問診を

 

すべきでしょうか。その患者さんが昔、アスベストを扱うような場所で働いていた場合に

は、問診は比較的簡単にできます。しかしそうでない場合、つまり家庭内暴露、周辺住民

への暴露の場合には、問診の仕方に工夫が必要です。たとえば、家族にアスベストを扱う

職業の人はいなかったかとか、近くにアスベストを扱う工場が無かったかなどまで聞く必

要があります。アスベストを扱う仕事として次のようなものが挙げられます。

石綿鉱山・石綿製品の製造に関わる作業

○石綿や石綿含有岩綿等の吹きつけ・張りつけ等作業

○石綿原綿または石綿製品の運搬・倉庫内作業

○配管・断熱・保温・ボイラー・築炉関連作業

○造船所内の作業(造船所における事務職を含めた全職種)

○船に乗り込んで行う作業(船員 その他)

○建築現場の作業(建築現場における事務職を含めた全職種)

○解体作業(建築物・構造物・石綿含有製品等)

○港湾での荷役作業

などです。このように、アスベストを使っていたか分からない患者さんのために、どういう労働にお

いてアスベストが使われていたのかを、明確に示しておくと、問診のときに患者さんにも医師自身

にも分かりやすいと思います。

 

5、まとめ

 かつて、労働としてアスベストを扱うということが日常的に行われていた時代が存在しました。ア

スベストは耐熱性に優れていたために様々な場所に使われていたからです。そして、アスベストの

有害性が分かってからの対応の遅さにより、多くの当時の労働者は健康被害にあっていますし、潜伏期間を終えてこれからますます多くのかたが、アスベストによる疾病に苦しむことでしょう。被害を最小限にくいとめるために、医療の現場ではアスベストによる疾病の早期発見、早期治療に全力で努め、行政においては、健康診断の実施、保障体制の更なる充実に努めて欲しいと思いました。また、このような悲劇を二度と繰り返さないために、現在使われている様々な物質について調査し、万が一健康被害に結びつくものが判明したら、迅速に対応するようにしてほしいです。アメリカがすべて正しいとは思いませんが、今回読んだ論文のなかの、アメリカのアスベストに対する対応の速さは、見習うべきだと思いました。